冷凍庫と溶鉱炉

折角ですので、ロケットに関する知識をもう少し補足しておきます。少し複雑&数式を用います、すみません…。

まず、ロケットとは、燃料とそれを燃やすための酸化剤の双方を自蔵した飛行体であり、燃料のタイプで大きく固体式と液体式に分類される。例えば米国のロバート・ゴダードが製作した液体式ロケットは燃料がガソリン、酸化剤が液体酸素だった。両者を燃焼室で混合・燃焼させ、排気ガスをノズルから吹き出させるという仕組みである。

固体式は構造が簡単で、点火後即座に大推力を得ることができ、かつ低コスト。しかし、燃え尽きるまで停止がほぼ不可能であること(ロケット花火ですね)、推力の細かい調節が難しい、燃費が悪い、ロケット自体の重量が重くなる、振動が大きいといった欠点がある(燃焼にムラがあるから?)。

一方、液体式は推力上昇まで多少時間がかかり、エンジンの構造が複雑であるものの、推力を自由に可変でき、停止・再着火もたやすく行えるという利点がある。ついでに、振動も小さい。振動が小さいというのは精密機械や人間を乗せるには重要なファクター(液体燃料ロケットの詳細に関しては、JAXAが発行している「H2Aロケットガイド」がわかりやすい)。

現在、固体式ロケットは大気観測用の小型ロケットや大陸間弾道ミサイルといったものに用いられ、衛星打ち上げ用のロケットには液体式ロケットが用いられるのが主流。そんな中、日本のM-Xロケット(写真)は衛星打ち上げ用としては世界で唯一の固体式ロケットである。

次に、先のツィオルコフスキーの公式であるが、重力を加味した解は次のようになる;

V = V0 log (W0/Wt)−gt

ここで各変数(定数)並びに[単位]を定義しておく。

V 燃焼開始 t 秒後の速度 [m/s]
V0 ガスの排気速度 [m/s]
W0 燃焼前の、燃料まで含めたロケット全重量 [kg]
Wt 燃焼開始から t 秒後の全重量 [kg]
g 重力加速度 = 9.8 [m/s2]

なお、ガスの排気速度を重力加速度で割った値、すなわち V0/g を「比推力」という。比推力の意味はよく「1kgの燃料で1Nの力を生じさせることができる時間」と表現されているが、わかりやすく言えば「効果的な燃焼が維持できる秒数」、もっと単純に言えば「燃費」と言い換えることができる。

当然だが、燃費は燃料と酸化剤の組み合わせでも変わるし、エンジンの構造でも変わってくる(この辺は自動車と同じと言えますね)。

この公式は、地上から垂直に飛び上がった場合を想定して方程式を解いた結果得られるもの。水平飛行の場合は第二項 −gt が無視でき、これがいわゆる「ツィオルコフスキーの公式」と呼ばれている。

ロケットは発射時から暫くはほぼ垂直に飛び上がると考えることができるため、この第二項が無視できない。正に重力が「足を引っ張る」わけで、これを「重力損失」と言うこともある。

重力損失は、t、すなわち時間が短いほど小さくなる。したがって、損失を小さくするためにできるだけ素早く大気圏を駆け上がりつつ、水平飛行に移る軌道が採られている。

では、素早く駆け上がるにはどうするか?真っ先に思いつくのは、大推力であればよいということと、排気速度=比推力が大きいほど有利であるということであろう。排気速度を大きくするためには、単純に燃焼温度を高温にすればいいのではないかとも考えられる。この辺も交えながら、次に、燃料及び酸化剤について見てみよう。

[資料] ソユーズロケット打ち上げフェーズ

上図はロシアのソユーズロケット打ち上げの初期フェーズを模式的に描いたもの(Starsem“Soyuz User's Manual”より)。

@打ち上げ
A第一段エンジン(いわゆる補助ロケットブースター4基)の切り離し。第二段(コアステージ)のみで上昇
B衛星や宇宙船を保護しているフェアリング、分離。
Cコアステージ、燃焼終了、分離。第三段エンジン点火。

図では高度50キロの地点で第一段(補助ロケット)が切り離されている様子が描かれている。空気抵抗が大きいのが大体この高度程度までであり、ここまでをできるだけ最短距離で、かつ重力損失を考えて短時間で駆け上がってくればよい。よってここまでは補助ロケットが推力のかなりの部分(必要量のほぼ全てと言っても過言ではない)を担っている。

ちなみにAのステップまで118秒(2分弱)とあるので、重力損失による速度ロスを計算すると、−gt より

9.8×118 = 1156 (m/s)

この後ロケットは水平飛行へ大きく移行し、重力損失が無視できるフェーズに突入する。



燃料と言って即座に思いつくのは、車のガソリン。しかしここで、ジャンボジェットの燃料は何かと問うと、首をかしげる人が多い。テレビのクイズ番組でも出題されたことのあるジャンボの燃料、実は灯油。正確には「ケロシン」と呼ばれる、石油から精製されるものであるが、殆ど灯油と同じと考えてよい。実際、飛行場の近くにいくと灯油の臭いが漂ってくることがある。

蛇足だが、ケロシンとは“kerosene”と書く。注意書きに「使用燃料:灯油(kerosene)」と書いてあるストーブもあり、私は高校の頃、これを「…ケローゼン?」と読んだ記憶がある(笑)。

そしてこのケローゼン、いやケロシンを燃料とするロケットも多い。例えばアポロ計画で活躍したサターンXや、現在も用いられているロシアのソユーズロケットなどがそうであり、燃焼により生じた二酸化炭素を吹き出して飛び上がることになる。灯油がロケットの燃料だとはなんだが安っぽい感じもする…。

一方、スペースシャトルの抱える茶色いタンクに入っているのは液体水素と液体酸素(以下、液酸・液水)。中学理科で、「試験管に水素を入れて火をつけるとポン!と音を立てて爆発、内側に水滴が付く」という実験をされた方も多いと思う。この爆発を大規模に利用したのがシャトルのエンジンということになる。ちなみに日本のH2Aロケットのエンジンも液酸・液水を採用している。

燃料や酸化剤というのは、もっといろいろ考えられる。別に油の類や酸素に限る必要はない。例えば、モノメチルヒドラジン(MMH)という物質や非対称ジメチルヒドラジン(UDMH)といった、怪獣の名前のような物質がある。これらを燃料に、酸化剤として四酸化二窒素(N2O4)という物質を組み合わせて飛ばすロケットも存在する。

このヒドラジン・四酸化二窒素の歴史は古く、宇宙開発初期に遡り、ヨーロッパのアリアンWやロシアのプロトン、中国の長征ロケットなどで多用されている。ロシアの戦略ミサイルにも多く、北朝鮮のテポドンもこれだ(ただし、テポドンは酸化剤が硝酸)。

以上各種の燃料・酸化剤の組み合わせには一長一短がある。次にそれらを簡単にまとめてみる。

 液酸・液水

液体酸素と液体水素を混合・燃焼させ、生じた水蒸気をはき出させる。つまりシャトルやH2Aは水を吹き出しながらその反動で飛び上がっていることになる。この液酸・液水の組み合わせは3000℃を遙かに超える高温を生み出し、これは大きな排気速度をもたらす。それ故理想の組み合わせとも言われ、ツィオルコフスキーが理想的と説いた所以でもある。

しかし欠点もある。水素は最も密度が小さい物質であるため、必要量を積もうとするとその体積が極めて大きくなる。体積が大きくなるということはそれを入れるタンクやロケット自体の構造が巨大かつ頑丈になるというわけで、結果的にロケット自体の重量が増す。これはむしろムダであり、打ち上げ時に大推力を必要とし、大量の燃料を消費する第一段エンジンに液酸・液水を用いることは希。

第一段に液酸・液水を用いるのはシャトルとH2A、アリアンVぐらいであるが、しかし両者とも複数本の固体燃料補助ロケットをサイドに装着、液酸・液水のメリットを有効に生かせる範囲でそれらが推力のかなりの部分を肩代わりしている。

また、水蒸気(H2O)をよりも液酸・ケロシンの燃焼ではき出される二酸化炭素(CO2)の分子量の方が遙かに大きく、有利ではないのかと思う向きもあるかもしれない。つまり、軽い気体よりも重い気体をはき出した方が反動は大きいのではないか、と。これは実際そうで、排気速度はやや落ちるものの、液酸・ケロシンの組み合わせはやはり、大きな推力を得ることができる。

さらに、燃焼温度の問題がある。高温であれば排気速度を高くすることができるが、高ければよいというものでもない。エンジンの燃焼室並びにノズルがその高温に耐えきれなければ意味がない。先述したが、液酸・液水の燃焼温度は極めて高く、この高温に最後まで耐えている金属は皆無に等しい。

したがってノズル等を冷却する必要が生じるが、これは燃焼前の液体水素をノズルの壁面に沿わせた配管を通すことで達成されている…まさにツィオルコフスキーのアイディアだ。写真はH2AのLE7エンジンであり、ノズルの周囲に丸く、縞状に巻き付けられた配管が冷却用パイプ。

同様に、最大の難問とも言えるのが温度差。液体酸素は−183℃、液体水素は更に低い−253℃。これらが燃えることで一気に3000℃まで温度が上昇するわけで、正に「冷凍庫と溶鉱炉が同居」した状態。熱問題の克服はエンジン開発の重要なファクターで、開発には相当の困難が伴う。LE7の開発も手こずり、犠牲者も出した。

もう一つ。スペースシャトルのメインエンジンの画像を2枚例にとり、具体的な冷却と燃焼に触れておこう。

1枚目の写真は、点火直前のエンジンの状態を表している。この映像はシャトル飛行再開第一号機「ディスカバリー」の打ち上げ生中継から得たもので、点火8秒前。この画像ではわかりにくいが、コーン状のエンジンノズルの表面は薄く霜がはっており、充分に冷却されているのがわかる。

余談だが、これを書く私が1つ疑問なのは、吹き出しているのが何かということ。エンジン内で生じた水蒸気?例えば内圧を一定に保つための、圧力釜に付いている安全弁のようなもの?果たして真相は…

2枚目の写真は試験燃焼状態のエンジン。混合比は水素:酸素=1:6で、推力は馬力換算で1200万馬力(これが3基で、トータル3700万馬力を越える!スゴ!)。燃料を送るターボポンプの回転数は乗用車のエンジンの13倍に達し、米国の一戸建てにありがちな家庭用プールほどの燃料を僅か30秒弱で消費する。推力は65〜109%まで可変可能。

エンジン全体の向きも可変であり、動かすことで機体の姿勢や進行方向を制御する。

写真で明らかだが、ノズルの表面はびっしりと霜がはっている。上から降りてくる真っ白い気体は、冷却されて霧状になった水蒸気。ノズルからは水素と酸素の化合で生じた高温の水蒸気をはき出している。

これはもちろん静止画であるが、エンジンがひねり出す力強さと躍動感はひしひしと伝わってくる…まるで音が聞こえてきそうだ。エンジニアリングの最高峰を感じさせられる。

(ノズルの豪快な動きなど含め、こちらに詳しい画像→ Ignition phase

 液酸・ケロシン

液体酸素とケロシンを混合・燃焼させ、その排気ガスから推力を得るというもの。灯油というとどうしてもストーブの燃料というイメージが強いが、実は燃焼温度はガソリンよりも高い。昔のアポロロケットやロシアのソユーズロケットに使われている。

液酸・液水よりも燃焼温度は高いが、排気速度は落ちる。これは生じる排気ガスの分子量が大きいためであるのだが、はき出す質量が大きいので大きな推力を得ることができる。また、ケロシンは液水と比べ遙かに体積が小さくてすむ。ここら辺が、ケロシンが第一段エンジンに用いられている所以といえる。

史上最大の液酸・ケロシンエンジンはアポロ・サターンXの第一段に用いられた5基のF−1エンジン(写真)。燃焼圧は70気圧に達し、5基で合計約3950トンの推力をひねり出した。60年代、ソ連は大型エンジンの開発がうまくいかなかった。このF−1エンジンの完成が月へ米国人を送ったと言っても過言では無い。

中央の1基は固定されているが、周囲の4基は方向可変で、これらを動かすことで進行方向を操る。

 ヒドラジン・四酸化二窒素

UDMH(非対称ジメチルヒドラジン)もしくはMMH(モノメチルヒドラジン)(両者まとめて「ヒドラジン」と記述)と、四酸化二窒素N2O4の組み合わせは非常に利便性がよい。

まずこれらは常温で液体という利点がある。沸点に関してUDMHが63℃、MMHが83℃で、N2O4が21℃。先の液酸や液水は超低温であるためタンクに入れた状態での長期保存が難しい。構造体に異常が生じないか懸念も高まる訳で、2005年7月のディスカバリー号・シャトル飛行再開準備おいては、センサーチェックのための液水タンクへの燃料の出し入れが与える傷みも懸念された。

また、機体全体も冷却され、外壁には凍結した水蒸気がびっしりと張り付く。アポロの打ち上げシーンでバラバラと剥がれていくものが見えるが、あれはまさにその氷。これはシャトルでも同様で、再開第一号・ディスカバリーでは外部燃料タンクに氷対策が施されている。

常温で液体のヒドラジンや四酸化二窒素にはそのような心配がないため、比較的長期の保存が利く。

次に、これは最大の利点であるが、両者は混ぜるだけで点火する。水素や灯油は、酸素と混ぜただけでは火がつかない…例えばストーブを点火するにはマッチなどの“種火”が必要だ。

だがこれでは、確実性という点で不安が生じる。単純に言えば、例えば宇宙空間で着火する際、種火はどうするかという問題だ。仮に種火があったとしても点火しなかったら…その点、ヒドラジンは四酸化二窒素と混ぜるだけで燃焼反応を起こすから安心できる。

このことから、確実性が要求される人工衛星や宇宙船の姿勢制御ロケットの燃料としても広く用いられている。

ただし、欠点もある。まず、燃焼温度がやや下がるため、推力がケロシンなどに比べると若干劣る。加えて腐食性が強いので、タンクなど構造体を作る金属に注意が必要となる。そしてこれが最も厄介なのだが…ヒドラジンは猛毒なのだ。

常温で液体であるが、気化したヒドラジンも毒性を有するため、防毒マスクやウェアが必要となる。発ガン性が高く水溶性であるので、環境に与える影響も大きい。開発史7で取り上げたR-16ミサイルはこのヒドラジンを燃料にしており、司令官ネデリンが至近距離で防毒マスクをしていなかった話だった。彼が如何に無茶なことをしていたのか改めてはっきりする

(写真はアリアンWロケット。大迫力の打ち上げロケットの中には猛毒が満載と考えると…怖いですねぇ(笑)ちなみに炎は特有の青白い色。猛毒を扱うため、発射施設は隔離されています)。

蛇足だが、UDMHは毒キノコの毒の1つでもある。

(写真は2005年8月10日打ち上げ予定が予定されているNASAの火星探査機「マーズ・リコネッサンス・オービター」に姿勢制御ロケット用のヒドラジンを注入する専門家達・全身フル装備で挑む。カメラマンは注入現場に立ち会うことができない)

 その他の組み合わせ

ロケットエンジンのテキストを見ると、他にも様々な組み合わせが紹介されている。端的に言えば、激しい燃焼を伴う化学反応であれば候補になりうるわけであるが、実現性の問題から上述の組み合わせ以外は採用されていない。

そのような“架空”の組み合わせの1つに、燃料に液水、酸化剤にフッ素(F2)を用いるものがある。この反応で生じる燃焼温度は液酸・液水よりも1000度も高く、排気速度も大きい(排気はフッ化水素HF)。

しかし、フッ素という物質は極めて酸化力が強く、単体の状態で扱うのはほぼ不可能に等しい。フッ素の単体は常温で黄色の気体であるが、それを容器に閉じこめようとしても、容器と反応を起こしてしまう。化合物にも危険なものが多く、フッ化水素は皮膚を楽々と浸透、骨や血液と反応して重大な結果を及ぼす。

フッ素の単体分離に挑戦した化学者には体を痛め寿命を縮めてしまった者もいる。1886年、フランスのモアッサンが初めて成功し、1906年にノーベル化学賞を受賞をもしているが、代償として片目の視力を失った。このように、フッ素の危険性はヒドラジンの比ではない。

グルシュコも初期の頃フッ素の使用を検討したが、直ぐに断念したと伝えられている。


さて、液体燃料ロケットの最大の問題に「ポゴ効果」というものや「燃焼圧振動」と呼ばれる現象がある。最後に、この現象を簡単にまとめておこう。

液体燃料と酸化剤を燃焼室で噴射させ燃焼させる訳だが、

燃焼開始→燃焼室が高温・高圧→流入する燃料と酸化剤にとっては障害→燃料の供給低下→燃焼温度低下・圧力減→燃料流入が増加→燃焼圧増加→…

を繰り返す、「ポゴ効果」と呼ばる現象が生じることがある。燃料供給の配管などで振動として現れ始めるが、これがエンジンや機体と共鳴するとまずい。最初は小さな振動だったものが徐々に増幅、大きな力となり、最悪の場合それらを破壊してしまうことになる。

これにはアポロロケットの開発チームもさんざん悩まされた。無人で打ち上げられた試験機であるアポロ6号でこの問題が露骨に現れ、大問題となった。振動吸収機構を組み合わせるなどといった工夫が続けられたが、有人飛行が始まってからもしばしば悩まされ続けている。NASAはこの「ポゴ」というふざけた名前の現象のために500人超の専門家を雇い、彼らは1500日も格闘したと言われる。

一方、「燃焼圧振動」とは、燃焼室での燃焼不安定による振動現象である。これは燃焼室を細長くしなければ抑制できないという。

ソ連ではグルシュコがこの燃焼圧振動に苦しんでいた。推力を上げようとするとつきまとう振動。写真はR−7で用いられていたRD-107と呼ばれる液酸・ケロシンエンジンである。見る限り、燃焼室(及びノズル)が4つ組み合わされているが、これらは1つのターボポンプを共有する。つまりポンプ1つが4つのエンジンに燃料と酸化剤を供給する構造になっているわけである。また、個々の燃焼室がやや細長いのも特徴的だ。

グルシュコは燃焼室を4つに分割することで問題を克服したが、これは苦肉の策でもあった。コロリョフもこのスタイルを好まなかったと言われる。

余談だが、H2Aロケットのポゴ対策は面白い。自動車のブレーキはオイル圧で駆動しているが、オイルタンクや配管内に気泡が生じるとペダルの力を気泡が吸収し、力が伝わりにくくなる。このよく知られた現象を逆手に取っているのが、H2Aのポゴ対策だ。

H2Aの配管の途中に自動車ブレーキのオイルタンクのようなものを取り付けておき、中にわざと空気を入れておく。そうすると、燃料に生じた振動はその空気が吸収してくれるという訳。“逆転の発想”とは正にこのことですね(JAXA発行「H2Aロケットガイド」に図説あり。似たような仕組みは他国のエンジンでも用いられている)。

コロリョフとグルシュコはエンジンを巡り、大げんかを起こしている。これが、ソ連宇宙開発の運命を決めてしまうのだが、その話に関しては続号にて…。


※補足:R−7ロケットのエンジンに関して

ロシアのR−7ロケットのコンセプトは殆ど修正されることなく、現代のソユーズロケットに生きている(写真)。

写真はソユーズロケットの底部。これを見れば一目瞭然だが、上写真のRD-107タイプのエンジンが5基並んでいるのがわかる。中央にあるのが第二段・コアステージで、その周囲を取り囲む4基のエンジンが第一段エンジン(補助ロケットブースター)。高度50キロ付近でこの4基のブースターが切り離され、コアステージのみで加速を続ける。(正確を期すと、中央・コアステージのエンジンはRD-108で、第一段がRD-107)

なお、補助ロケットブースターを「第一段」と呼ぶのはロシア流であり、欧米を初めとして世界の主流はコアステージを第一段と呼び、ブースターは「第〜段」とは呼ばない。ブースターはあくまで“補助”としての位置づけがなされている(あえて言えば「第0段」か!?)。

また、各エンジン基の外側についた小さなノズルは「バーニアエンジン」と呼ばれる小型エンジン(右写真)で、この噴射方向をちょこちょこ加減させることでロケット全体の姿勢を制御する(シャトルのようにエンジンノズル全体の向きを変えることは不可能であるから)。

※謝辞(07.02.2008)

〜読者の方よりご指摘がございましたので、以下ご紹介します〜

>そんな中、日本のM-Xロケット(写真)は衛星打ち上げ用としては世界で唯一の固体式ロケットである。
とありますが、全段固体ロケットはさまざまな国にあります。

アメリカでは、有名なところとして空中発射式3段式固体ロケットのペガサス(Pegasus)ロケットやPegasusにCastor120固体ブースターをつけた4段式固体ロケットTaurus、PegasusとMinutmanミサイルを組み合わせたMinotaur、Peacekeeperミサイルを改良したMinotaurIV(開発中)があります。
ロシアでもTopolICBMを流用したStartロケット(4段式固体)がありますし、
イスラエルのShavitロケットは3段式固体ロケットです。
あと、失敗していますが、ブラジルのVLSも4段式固体ロケット、中国のKT-1も3段式固体ロケットです。
また、引退しましたが、アメリカでは傑作機として知られていた小型ロケットScoutも4段式固体ロケットですし、インドの初期のロケット(SLV,ASLV)も全段固体でした。

このように、比較的小型のロケットでは、全段固体が採用される場合が多いようです。

>第一段に液酸・液水を用いるのはシャトルとH2A、アリアンVぐらいであるが
については、アメリカの主力ロケットDeltaIVも液酸・液水です。(エネルギアもですが、これは無視していいですよね(笑))

>史上最大の液酸・ケロシンエンジンはアポロ・サターンXの第一段に用いられた5基のF−1エンジン(写真)。
については、史上最大の推力はロシアのRD-170/171エンジン(グルシュコ設計局)です。
推力もさることながら、ロシアのロケットエンジンは燃焼圧が非常に高いため、比推力がアメリカより30sも高くなっています。
                F-1            RD-171
Thrust       7,740.5 kN     7,903.000 kN
Isp           304 sec        337 sec
C.Pressure  70.00 bar      245.00 bar

データはEncyclopedia Astronauticaから。サットンのThe History of Liquid Propellant Rocket Engines
にはもっと詳しいデータがあります。

>グルシュコも初期の頃フッ素の使用を検討したが、直ぐに断念したと伝えられている
意外なことに、グルシュコは結構粘っていたんです。
グルシュコとロケットダインのフッ素ロケット開発史は、私が桜木さんの「宇宙開発史んぶん」に寄稿した記事「NOMADとMADな仲間たち」に短くまとめてありますので、ご一読くだされば幸いです。
http://www.geocities.co.jp/Technopolis/5714/shinbun/2007_11.pdf

…詳細なご指摘、ありがとうございました!そうでした、RD170がありましたね。グルシュコ、結構粘っていたのですねぇ。フッ素という危険きわまりない物質に立ち向かうには相当の度胸がいると思いますが、正に命がけですね。(筆者)

【Reference】どの資料も詳しくわかりやすく、推薦です!

Encyclopedia Astronautica (c)Mark Wade http://www.astronautix.com/
NASA Kennedy media gallery http://mediaarchive.ksc.nasa.gov/index.cfm
NASA Human Space Flight Shuttle Reference http://spaceflight.nasa.gov/shuttle/reference/index.html
Novosti-Kosmonavtiki http://www.novosti-kosmonavtiki.ru/
“Rocket fuel” included in http://www.absoluteastronomy.com/
“Soyuz User's Manual”, Starsem the Soyuz Company http://www.starsem.com/index.html
国際化学物質安全性カード(ICSC) http://www.nihs.go.jp/ICSC/
「月をめざした二人の科学者」 的川泰宣著, 中公新書1566, 2000
「H2Aロケットガイドブック」 宇宙航空研究開発機構(JAXA) http://www.jaxa.jp/missions/projects/rockets/h2a/img/roc_guide-book.pdf
“Sputnik and the Soviet Space Challenge” by Asif A. Siddiqi, University Press of Florida, 2003
“Rocket and Spacecraft Propulsion” second edition by Martin J. Turner, Springer Praxis, 2005