火星探査機が遭遇したダスト流の正体

初版: 09.24.2006

火星の表面を初めて鮮明に撮影することに成功したのは米国のマリナー4号で、1965年7月14日のことだった。19世紀の終わりから、この赤い星には、巨大な運河を掘り抜いた文明が存在すると考えるものも多く、マリナー4号の最接近は世間の関心を大いに惹きつけ、最高潮を迎えつつあった。

だがそれは、多くの人々を失望させる結果に終わった。マリナー4号は正確に飛行し、火星面から1万キロ以内を通過、表面の画像を22枚撮影することに成功した。だがそこに写っていたものは砂漠と古代のクレーターで、大都市も、大渓谷も、そして火星人も存在しなかった。もはや、この惑星を再び調べようと思うものはいなかった…。(この時、『解像度が悪いから、もっと接近して調べないと決着はつかない』とまじめに主張したのは、セーガンでしたっけ・・)

(右は火星面と、マリナー4号が撮影した地点のスナップショット。大きいサイズはこちらへ)


ところで、物語には続きがある。火星へのフライバイに成功したマリナー4号はその後も宇宙空間を飛行し続けていたのだが、67年9月15日、突如として隕石流に遭遇したのだ。火星へのフライバイ後、ミッションは何もなく、燃料も底をつきかけており、歴史の中に埋没するのは時間の問題であった、まさにそのときの出来事であった。

「約45分間にわたり、マリナーは微小隕石流に遭遇したのですが、それは地球上で見られるしし座流星群よりもっと激しいものでした」と語るのは、NASAの隕石環境研究室の室長ビル・クッケ氏。衝突により一時的に姿勢が変化し、恐らく耐熱シールドもダメージを食らった可能性もあるといい、「まったく驚くべきことでした」と氏は振り返る。

(この日、マリナー4号のダストカウンターは17ヒットをカウントした。同様のことは後日再起し、同年12月10日から11日にかけて、両日で計83ヒットのカウントを記録している。)

この隕石流の正体は今日までの約40年間、謎のままだった。ところが先頃、流星の専門家であるウェスタンオンタリオ大学のポール・ウィガート氏は正体に迫り、それが「D/1895 Q1 (Swift)」(D/Swift)と呼ばれる彗星起源である可能性を指摘した。

「D/Sweift彗星が発見されたのは1895年8月のことで、コメット・ハンターであったレービス・A・スウィフトによります。」とウィガート氏は語る。スウィフトはその生涯で1ダースを超える彗星を発見し、その中にはペルセウス流星群の母彗星である109Pスウィフト・タットル彗星も含まれる。

ところがD/Swift彗星はあっという間に姿を消してしまった。最後に確認されたのは1896年2月で、その後確認されていない。その軌道の特徴から、周期5年の彗星であるにもかかわらず、である。

一体何が起こったのか?ウィガート氏によると、この彗星は分裂してしまったのだろうという。1895年に太陽に近づきすぎたため、核がバラバラになってしまったのではないかというのだ。

分裂彗星というと、最近では73Pシュワスマン・ワハマン第3彗星が記憶に新しい。これと同様の運命を、D/Swift彗星も辿ったのだろう。ちなみに“D/ ”という接頭語は、「消息不明もしくは分裂してしまった」を意味する。

ところでD/Swift彗星は、その存在自体が昨年までほとんど忘れられていた。光が当たったのは、ビル・クッケ氏が「マリナー4号のあの件には、なにか古い“D/ 彗星”が関わっているのではないだろうか」と疑問を呈したことによる。

彗星、特に分裂彗星はその軌道上に大量のダストをばらまいている。「マリナー4号がもしやその中を横切ったのでは?」という考えだ。

(下は2006年春に観測された73Pシュワスマン・ワハマン第3彗星。左はハッブル宇宙望遠鏡が撮影した核が崩壊する様で、右は同彗星の軌道上に散らばるダストと分裂した核(ダストを可視光で捉えるのは困難なので、スピッツア赤外線宇宙望遠鏡により赤外線波長で観測された)。このようなダストの帯の中を、マリナー4号が通過したのではないかと彼らは考えている。)



クッケ氏は友人でもあるウィガート氏にこの考えを披露、ウィガート氏が過去の彗星カタログを調査したところ、線上に浮かび上がったのがD/Swift彗星だったというわけだ。マリナー4号は当時、同彗星の軌道に接近していたことがわかったという。

しかも驚くべきことに、マリナーは単に軌道に接近していただけでなく、ひょっとしたら、彗星そのものにも接近していた可能性があるという。計算によると、D/Swiftの核に僅か2000万kmまで接近していたという。もちろんこれは、核が存在したら、の話ではあるが…。

当時マリナーのカメラはスイッチが入っていなかった。また、地上の望遠鏡でも何もそれらしきものを見ることはなかったが、これも当然であった。何せ、分裂してしまっていたのであろうから…。


ではこれで、すべて解決したと言えるのだろうか。

ウィガート氏は、しかし、まだ疑いを持っている。「複雑な要素が絡み合っています。この彗星は1895年〜96年の僅かな期間しか観測されなかったため、その軌道には甚だ不正確な点があるからです。ひょっとしたら我々の結論は、間違っているかもしれません。現在、19世紀の文献をあたり、再調査を行っているところです。D/Swift彗星に関し十分な情報が得られることを期待しています。」

「地球〜火星間空間には、おそらく無数のデブリの流れが存在するはずです。」と語るのは、クッケ氏。このような調査は、たとえば将来の有人火星飛行の際にも有益となるものに違いない。

【Reference】

Science@NASA “Mariner Meteor Mystery, Solved?” http://science.nasa.gov/headlines/y2006/23aug_mariner4.htm
NASA NSSDC Master Catalogue “Mariner 4” http://nssdc.gsfc.nasa.gov/database/MasterCatalog?sc=1964-077A
Hubble Site “Hubble Provides Spectacular Detail of a Comet's Breakup”
                        http://hubblesite.org/newscenter/newsdesk/archive/releases/2006/18/
Spitzer Space Telescope “Spitzer Captures a Comet's Breakdown”
                        http://www.spitzer.caltech.edu/Media/happenings/20060505/