1969年7月20日、米国のアポロ11号着陸船が月面に着陸、搭乗していたニール・アームストロング飛行士が、人類で初めて、月の大地に踏み入れた。今年はちょうど35周年を迎え、当日、米国ではアームストロング氏を初めとするアポロクルー達もそろって記念式典が催された。今なお月面に残されている彼の「初めの一歩」は、近未来には、解説付きの観光名所になるかも?しれない。「皆様、これが今から150年前、人類が初めて降り立ったときの“足跡”です…」
しかし彼らは、その約30m離れたところに置いてある妙な鏡の存在に、気づくだろうか?それは、月面に降り立ったアームストロングとバズ・オルドリン両飛行士がそこを離れる直前に置いたもの。“コーナーキューブ”と呼ばれる特殊な鏡が100枚はめ込まれた、一辺約70cmの、地球の方を向いた板である。これに地球からレーザー光線をあて、その反射光を測定することで月までの距離を測るのだ。
この鏡はアポロ11号以外に、アポロ14号、15号によっても設置された。ちなみに旧ソ連が1970年に送り込んだ無人月面探査車・ルノホート2号にもこのような鏡が備えられていた…計4基の鏡が、地球を映す。
あまり一般には知られていないが、これらの鏡は、35年経った今なお活用されている。定期的にレーザーを放ち、月までの距離を測る…「一度測ればいいんじゃないか」と普通なら思うが、実はもっと奥が深いのだ。
月は地球の直径の約6分の1だが、よく考えればこの比較的大きなサイズのため、地球に大きな影響を及ぼしながら(潮の満ち引きはその好例)、複雑な動きを見せる。月の運動を正確に計算できるようになったのも、20世紀に入りかなり年数が経ってからだった。そのため、両者の距離を継続して調べることは、その運動理論の正しさを検証していることにもなる。物理の基礎理論であるニュートン力学は正しいのか、あるいはもっと突っ込んで、アインシュタインの相対性理論に欠陥はないのか?…といったことも検証可能である。
加えて、月の内部の様子をある程度推察することも可能という。中がどうなっているのか、まだ確実な答えは導かれていない。地球の内部は、地震波の伝搬を解析することで詳しく解明されてきた。アポロは地震計も据えてきたため、そのデータから内部も伺えそうだが、しかし、限られた台数で得られる情報には限界がある。
長い年月に渡って蓄積されてきた距離測定から判明した、特筆すべき例をいくつか取り上げると、
(1)月は1年間に約3.8cmの割合で地球から遠ざかっている。
(2)月の内部には、多分、液体の核が存在する。
(3)万有引力定数の経年変化は極めて小さい。そのズレはレーザー測定が始まってから約1000億分の1以下である。
(1)の話は比較的知られているから、耳にされたことのある方も多いだろう。(3)の話は一般的でないが、要は、「2世紀以上前、ニュートンが万有引力の法則を唱え、力学を纏め上げたときの設定に、やっぱり、間違いはないとみなせる」ということだ。
私が驚いたのは、月に“液体”の核(コア)が存在するということだ。90年代に入り、コンピュータシミュレーションや人工衛星の解析で、月が地球から分かれた分身である可能性が高いこと、内部に地球の核同様、鉄などの重金属が存在するということ、が明らかになってきた。しかし、距離の精密測定により、「月の核の一部が液体である可能性が高い」ということが2002年に発表されたのだという。月の表面が27日周期で10cm上下しているということが突き止められ、それに基づく結論だという(因みに私は、この話を今日まで知らなかった)。
写真は、テキサス州・マクドナルド天文台の70cm望遠鏡から発射されたレーザー。正に「あの月を撃て」といった雰囲気だ。これまでの35年間、同天文台が中心となり、黙々と続けられてきた。
レーザーは拡散しにくい、鋭い光線であるのは常識だが、それでも月に到達するときには約6キロ四方に拡散してしまっている。「約3km離れた所にあるコインをライフルで狙う感じ」だと関係者は語る。
この拡散した光の一部が鏡にあたり、跳ね返る。鏡は光がやってきた方向へ跳ね返す性質を備えており、正確に発射元へ帰ってくるわけだが、帰り着く頃には弱りに弱った、本当に微かなものとなっている。そしてこれを、超高感度の検知器で拾い上げるのだ。発射から帰ってくるまでの時間に光速をかけると、往復距離が出る。これを2で割れば、片道(=地球・月間の距離)が求まる。こうして求められた距離の制度は、僅か数cm以下というから、驚異的だ。
NASAは更に精度をあげるべく、ニューメキシコ州に新望遠鏡を計画している。これは直径3.5mで、放たれたレーザーによる測定精度は現在の10倍、ミリメートル単位の誤差を実現できるという。
多くの技術者や科学者達が続ける、地味だが驚くべき成果をもたらしてきたこのミッション、今後も楽しみだ。【photo/ NASA】