スタントキャッチ!

初版: 08.24.2004 追加: 01.08.2006

今からちょうど3年前、探査機「ジェネシス」は打ち上げられた。これまで160万キロを超える距離を飛行し、その間、「ラグランジュ点」と呼ばれる付近で太陽風の粒子を採取してきたが、いよいよ来月8日、地球に帰ってくる。今、その“劇的帰還”に向け、米航空宇宙局(NASA)・ジェット推進研究所は準備で大わらわだ。

この「ジェネシス・ミッション」は惑星探査と異なり、地味だが、太陽、ひいては太陽系の歴史を探るための貴重なサンプルを持ち帰る、重要な計画だ。“ジェネシス”とは、旧約聖書にある「創世記」を意味。太陽・太陽系進化を研究している科学者に取っては、まさに“創世記”を探るような、意味ある計画である。

太陽からは常に、莫大な量の元素やイオンが流れ出しており、「太陽風」と呼ばれている。これは太陽の近傍の、コロナ領域などを源流とし、太陽系全体を「洗い流し」ながら、更に外側へと向かっている。したがって、太陽風を直接調査することは、太陽の成分、ひいては太陽系全体のガスの平均組成を知ることが可能となるわけだ。

太陽から放出されるガスは、これまでも観測されてきた。しかし、それはあくまで間接的に行われるもので、サンプルを直接地球に持ち帰り、研究者の目で調査されるのは今回が初めて…ここに、このミッションの意義がある。「原子レベルで」太陽風を精査することができるからだ。では、このガスをどのように集め、どう地球に持ち帰るのか?

ジェネシス探査機は一見、サバイバル時計のように見える(写真)。ストラップのように伸びるのは太陽電池で、真ん中にゴテゴテとついた円盤上のものは、太陽風を集める“さら”だ。さらは5枚取り付けられており、太陽から吹き付ける元素などを収拾、その後ひとまとめにパック詰めにされて、地球に帰還する。ちなみに、地球外から試料を持ち帰るミッション(サンプル・リターンと呼ばれる)は、1972年、アポロ17号が月を往復したとき以来、32年ぶりである。

ジェネシスは2001年8月8日に打ち上げられた。この探査機は、地球から遠く離れた所を飛行してきたのではなく、月より少し先の地点をウロウロしていた。この地点は「ラグランジュ点」と呼ばれる、簡単に言うと太陽と地球と月の引力の力が相殺しあう場所(図中、“L1”と表記されているところ)。地球・月間の、ほぼ4倍の距離の地点にあたり、ここに船を浮かべておけば、どこにも行ってしまわない、安定したポイントである。SFアニメなどでは「コロニー」を浮かべておく場所としても登場する。

地球を出発したジェネシスは、L1点を目指し、その付近まで来ると、姿勢を制御、L1点の周囲を周回する軌道に投入された(図中・赤い軌道)。ここで約2年半、太陽風を採取した後、今年4月、さらをカプセルに格納、目下、地球を目指しているところである。

ところでその“さら”だが、これはこのミッションのために、特に細心の注意を払って製造された、特製の薄膜(写真)。素材は、ダイヤ、金、サファイヤ、シリコンで、6角形のウェハーを多数組み合わせた形をしている。これが採取する太陽風の成分は、大部分が水素、ヘリウム、酸素などのガスと、微量の金属元素等であるが…どれも極々小さく、しかも僅かな量でしかない。5枚のさらで集められたものを合わせても、せいぜい、砂粒で数粒分しかない。そのため、ウェハー自体、究極のダストフリーで製作されねばならず、その達成のため、技術者もいわば"完全武装"で臨む。写真がそうだが…一瞬、サウジの王族に見えるのは、気のせい?(笑)

しかも。このウェハーは非常にもろいため、細心の注意を払わねばならない。勿論、地球に帰還する際もそうで、通常のように、そのまま地上に着地させると、衝撃でウェハーが壊れてしまいかねない。ウェハーが粉砕されでもしたら、無駄なイライラを味わわねばならない…

「砂に混じったコショウをどう拾い分ける?」

そこで、彼らは単純だが、ヒヤヒヤする方法を発案した。写真を見ただけで、それがどんなやり方か、おわかり頂けると思う。そう、パラシュートで降りてくるカプセルを上からヘリで引っかけてつり下げ、そっと、地上に置くというのだ。

この、映画のようなアクションに臨むべく、NASAはハリウッドのスタントパイロット2人と契約した。そのうちの1人、クリフ・フレミング氏は「ダイ・ハード2」や「パトリオット・ゲーム」を始めとする、45本に上る映画に出演している。その豊富な経験が買われた訳だが、映画と違い、“撮り直し”が許されない、一発勝負。勿論、バックアップの1機を含む2機で臨むが、カプセルの重量は200キロを超える。

この大荷物、しかも“壊れもの注意”を、無事、キャッチできるのか…許された時間はホンの数分。彼らの双肩に、全てがかかっている。

NASAでは、ウェッブを通じて全世界に、この世紀のキャッチを生中継する予定。ちなみに、現地が天候不良の場合は、暫く地球の傍に待機させ、後日改めて挑戦するという。【NASA/ JPL】

<追加情報 01.08.2006>

2004年、サンプルカプセルがユタ州の砂漠にクラッシュする形で帰還したNASAの太陽風収集衛星「ジェネシス」に関して、製造元のロッキード・マーチン社が、打ち上げの前に行われる重要なチェックを怠っていたことが判明した。

カプセルは本来、大気圏突入時のGを検出し、所定高度でパラシュートを展開する設計になっていた。しかしこの重要なGセンサーが逆に取り付けられていたことがその後の調査で明らかとなり、これが致命傷になったことがわかっている。

しかしこの事前チェックが行われていれば、このミスに気付き、事態は免れたのではないかという。

ロ・マ社のスポークスマンバディ・ネルソン氏は、ジェネシスカプセルのチェックに関しては、当時既にチェックが行われパスしていた同型のカプセルとの比較という、単純な方法が選択されていたと明らかにした。

その同型のカプセルというのは、今月15日に帰還予定のスターダスト・カプセルだ。

スターダストが採取した彗星のチリは、ジェネシスカプセルと同型のカプセルで地球に持って帰られる。両者とも同じGセンサーを搭載し、パラシュートを開く手筈になっている。両ミッションの違いと言えば、ジェネシスカプセルは空中キャッチされる予定であったが、スターダストは地面にタッチダウンするという点ぐらい。

ジェネシスカプセルの激突劇の後、エンジニア達はスターダスト・カプセルに関して調査と検討と続けてきた。その結果、スターダスト・カプセルのセンサーはきちんと機能することに確信が持てたという。

なお、スターダストの打ち上げ前に行われたテストでは、カプセルを遠心加速器に乗せてGを加え、スイッチの機能がチェックされたが、問題なく作動したとネルソン氏は語った。

最終報告が、今月下旬にリリースされる予定。【AP 01.07】

<追加情報 01.28.2005>

サンプルの一部が、分析のためにNASAのジョンソン宇宙センターからミズーリ州セントルイスのワシントン大学に提供されることになった。

昨年9月8日、探査機ジェネシスから切り離された回収カプセルは、大気圏突入後、ユタ州の砂漠の1200キロメートル上空で、2機のヘリコプターに搭乗したベテランパイロットにより回収される予定であった。しかし、軟着陸用のパラシュートの展開不備のため、回収カプセルは地表に激突して大破してしまった(公式原因はまだ発表されていない)。

だが、ミッションチームの懸命な回収作業により、損傷が激しかったサンプルの一部が研究に使用可能なことが分かったほか、ほとんど無傷のサンプルも存在することが確認されている。

今回提供されるのは、アルミニウムの容器に封入された太陽風に含まれるネオン、アルゴン、クリプトン及びキセノンなど、希ガスのサンプルである。ほとんど無傷だったのは金箔のカプセル入りで、太陽風に含まれる窒素の同位元素のサンプルである。このサンプルの一部は、数週間以内にミネソタ州の大学に送られる。【NASA 01.31】

…回収されたサンプルの画像はこちら


<追加情報 10.14.2004>

NASAの発表によると、ジェネシス・帰還カプセルのパラシュートが展開しなかったのは、大気圏突入を関知する「Gセンサー」の不具合による可能性が高いという。詳細はいずれ公表される予定。

写真はその帰還カプセル・耐熱シールドの内側のようす。箱が見えるが、この中にGセンサー(写真・下)が2個仕込まれている。この設置などに欠陥があったのではないかと見られているが、詳細はまだはっきりしない模様。【NASA】

<追加情報 09.11.2004>

米航空宇宙局(NASA)は10日、太陽風の粒子を宇宙から地球に持ち帰る際、減速用パラシュートが開かず米ユタ州の砂漠に激突した無人探査機ジェネシスのカプセルについて「内部の損傷は予想より少なく、試料の重要な部分は無事とみられる」と発表した。

記者会見した科学者チームによると、研究目的のかなりの部分は達成できる見通しという。NASAは同日、パラシュートが開かなかった原因を解明する調査委員会を発足させた。

カプセルの内部容器には、さまざまな種類の太陽風の粒子が付着した複数の薄い板がおさめられている。NASAが砂漠からカプセルを回収、ユタ州の陸軍施設で調べたところ、衝撃で板の多くは壊れていたものの(写真)、重要な試料は損傷や汚染を免れていたという。【共同 09.11】

<追加情報 09.09.2004>

日本時間9月9日未明、太陽風を採取して地球への帰還を目指していた衛星「ジェネシス」のカプセルが、予定通り大気圏突入、ユタ州の砂漠をめざしたものの、パラシュートが開かず、墜落した。以下は、NASA TVを見ながらの要約。残念です。

日本時間午前0時45分 ジェネシス、大気圏突入まであと10分。キャッチするヘリチームが上空で待機。(画像は、NASA TVより)

0:54 カプセル、高度120kmで大気圏突入!約45秒間で3Gの力を受け、この力でタイマーが起動、これがパラシュートを開くタイミングなどを制御する。

0:55 耐熱シールドは4500℃に達している模様。10秒後、カプセルは約30Gの強烈な力にさらされ、シールドのかなりの部分が削られる予定。

0:57 カプセルが目視され、歓声があがるが・・3軸バラバラに激しく回転している・・パラシュートが開いていない!

0:58 カプセル、地上に激突!!パラシュートは全く開かなかった模様!

0:59 カプセルは地上に半分埋まった状態で静止。

1:02 格納されているはずの太陽風サンプルの状態は不明。

1:04 「ドラッグシュートも、メインシュートも展開せず、カプセルは時速100マイルでインパクト」と管制部。

1:14 サンプルは超クリーンな状態で確保されねばならなかったが、映像を見る限り、カプセルはひどい損傷。詳細は不明。 

1:15 ヘリがカプセルの近くに着地、クルーが降りて近づこうとするが、注意を受ける…パラシュートを開く爆薬が不発で、起動する可能性あり。

1:17 クルーが遠巻きに眺める。

1:25 9人のクルーが取り囲み、一人が写真を撮っている。後ほど、NASAが記者会見を予定


日本時間3時30分からの記者会見で、墜落原因として、カプセルのバッテリーもしくはGセンサーの不調でパラシュートが展開しなかったものという見方があることが発表された。このうちバッテリーに関しては、2001年の打ち上げ直後、ラジエターの問題で電池の温度上昇が懸念されていた。ただ、当時のテストでは、温度上昇は設計の範囲内に収まり、従って、バッテリーの寿命を縮めることはないだろうと見なされていた。

なお、カプセルは時速193マイル(約300km/h)でインパクトしたと発表。

また、カプセルには明らかに亀裂があり、中のサンプルも“汚染”されている可能性が高いが、回収・調査してみないとわからないという。関係者はまだ希望を捨てておらず、最後まで努力を続ける模様。

日本時間9日朝 カプセルは墜落現場から、ユタ州の陸軍基地へヘリで搬送された。そこは特別のクリーンルームが設置されているところ。