縁の下の力持ち

初版: 05.25. 2006

NASA・ケネディ宇宙センター(フロリダ)には、二人の力持ち「ハンス」と「フランツ」がいる。彼らは仕事を始めて今年でちょうど40年になるが、そのパワーと迫力は今もって健在だ。

右は、昨年7月、39B射点へ運ばれていくシャトル・ディスカバリー(ミッションSTS-114)。このシャトルを運搬している巨大なロケット運搬車が今年、活動40周年を迎えた。

この運搬車は「クローラー」と呼ばれる超巨大台車で、アポロ計画の際、ケネディ宇宙センターで建造されたもの。そもそもサターンXロケットを射点に運搬するために作られたものであるが、アポロ計画終了後、シャトル計画がスタートすると、シャトル運搬車として使用継続が決定されて今日に至っている。

重量は550万ポンド(2480トン)。NASAはこれを2台保有しており、その名を「ハンス」(No.1)と「フランツ」(No.2)という。

(右は報道陣を乗せて移動するクローラー。大きいサイズはこちら

2006年1月13日、「数々のミッションの成功を支えてきたのは、耐久50年・走行5000マイル保証のついたこのクローラーのおかげ、ではないんです」と興奮気味に語るのは、NASAのシャトル・プロセッシングディレクター、マイク・ウェットモア氏。氏は続ける、

「成功を支えてきたのは、このマシンを整備し動かし続けてきた、私の部下達の絶え間ない努力なのです」

現在、そしてこれまで携わってきたOBらが、このクローラーを設計した技術者達の子供らと一緒に、クローラーの前でケーキカットのセレモニーに臨んだ。その後、40のメディア取材陣たちと、時速1マイル(1.6キロ)のスピードでこの巨大マシンを動かし、歩みを共にした。この怪物は、踏みつけた岩を軽く粉々に挽きつぶしてしまう。

遡ること40年、1966年1月、クローラーは初めて完全走行に成功した。一見、何者も太刀打ちできなさそうなこの巨漢、実は非常にデリケートな精密ハイテクの塊だ。シャトルやアポロを支える巨体に似合わず、ロケットを据えるその正確さは、1インチ(2.5cm)の狂いもない。しかも、8分の1インチ微動も可能だし、ロケットを抱えないときは時速2マイル(3.6キロ)での走行が可能…意外と、早い。しかも、6時間もの移動の間、デッキを水平に保つ安定性はパーフェクト。

このクローラーの開発成功が、アポロを実現したと言っても過言ではない。

(右は1969年5月、39A射点へと向かうアポロ11号・サターンX)

クローラーのサイズは131ft×113ft (43m×37m)で、デッキの広さは野球のダイヤモンドほどのサイズ。4基の2連キャタピラ(キャタピラ、計8本)で走行し、キャタピラ1本は57枚の“シューズ”がつなぎ合わせられたもの。シューズ1枚が支える重量は1トンを超える。

これらを動かす動力は2基の2750馬力ディーゼルエンジンで、16のジャッキを含む油圧システムでデッキの平衡が保たれている。これにより、移動中もシャトルの先端は1m程しか揺れない。(右・詳細図。大きいサイズ

過去40年間、シャトルやサターンXを含む、7つのタイプの打ち上げロケットを運び続けてきた。アポロの各ミッションはクローラーの始動と共に始まり、そしてそれはシャトルでも受け継がれてきたのである。

ウェトモア氏は「このさき、CEVやCLVも担いでいきたいね」と、クローラーはまだまだ“現役”と期待を語っている。【NASA 01.14】

…インタビューなど交えた動画解説はこちら(RealPlayer以外のメディアはこちら)。クローラーの動きなど楽しめます。それにしても、滑らかな動きです!(驚)

シャトルの歩み

2006年5月19日、7月の打ち上げを目指して整備が続けられているシャトル「ディスカバリー」が組み立て工房(VAB)を出発、約7km離れた39B射点へと搬送されました。当日は天気に恵まれ、普段は会見場で緊張の面持ちのシャトルマネジャー、ワイン・ヘール氏も、この日はポロシャツ&ジーンズで報道陣の質問に答えていました。

いろいろ問題は多いシャトルですが、それをも圧倒するテクノロジーを見せつけてくれる瞬間でもあります。

       クローラー、始動!             外は絶好の運搬日和             いよいよ外へ!


シャトルは台座(Mobile Launch Platform)の上に載り、クローラーがそれを丸ごと抱えて歩みます。台座の背後には「We're behind you, Discovery!」のバナーが掲げられています(大サイズ)。「オレ達がついてるぜっ!」みたいな感じでしょうか・・関係者達の意気込みと、ミッションの成功を祈る気持ちが伝わってきます。

シャトル組み立て工房は世界最大級のビルの1つ(右上)。NASAのロゴの左下のハゲは、昨年のハリケーン・カトリーナによる傷跡。60年代、ソ連はこの規模のビルとクローラーを作る技術を持たなかったため、スーパーロケット「N−1」を直立で運ぶ案を断念しました。

               報道陣の質問に答えるシャトルミッションマネジャー、ワイン・ヘール氏。


  「We're behind you, Discovery!」        ひたすら目指します…          フロリダワニも見守ります。。


上・中央のフォトで、左後方に見えるのが射点。そこまでひたすら一本道を歩みます。手前の芝生の中では見学も出来ますが…この日はギャラリーがいませんねぇ。。

夕日に浮かぶシャトル…ここまで出発から約6時間。移動開始が現地時間午後0時45分だったので、およそ午後7時前後でしょうか…。緩い坂になっていますが、台座後方がジャッキアップされ、水平が保たれてる様子がわかります。右は射点へ到着寸前のシャトル。排気抜けの細く深い溝が目立ちます。

      

無事、射点に到着しました(上)。この後、台座を固定する下駄が履かされ、クローラーだけが這い出して来ます。台座には排気抜けの大きな穴が3つ開けられています。整備塔といい、こうしてみると、一大工場ですね!

下左はクローラーの底部。台座に開いた長方形の大穴は、補助ブースター排気口。シャトル(2000年・アトランティス)を上から見たのが右で、排気抜けの様子がよくわかります。

       

下の3枚は、2005年1月、同年の「Return to Flight」ミッションに向けた準備中での一コマ。
左と中央 : 台座を乗せる前後のクローラー。キャタピラの上に張り出すのが操縦席で、右がその中の一部。赤いのがハンドルですが…こんなもんでいいんですねぇ。ハンドルの左向こうに見えるのがスピードメーター(…一応、あるんですね(笑))。

移動中は、運転手は立っており、ペダル一踏みでブレーキがかかります。操縦カンは体で身につけるしかなく、実際にクローラーを動かしての教習があるのだとか。

 

クローラーを操縦できるのはユナイテッド・スペース・アライアンス社所属の9人しかいません(右上の男性はその一人、ボブ・メイヤー氏。昨年、ディスカバリーを運ぶという名誉に与った)。同社はボーイング及びロッキード社が1996年に共同で設立した、NASAの委託を受けてシャトルの運用を直接行う組織です(つまり、打ち上げから帰還まで、外注ということですね)。

「Return to Flight」に際し、クローラーも大規模な改修が行われました(操縦席の窓もハリケーンに耐える仕様に張り替えられたそうです。それまでは、嵐がくる度に板で補強していたのだとか…台風に備えるみたいに(笑))。

ところで、シャトル打ち上げの際、台座は水浸しになります。打ち上げの時に大量の水を足下にぶっかけ、噴射から生じる爆音や衝撃波を和らげるためです…和らげないと、台座で跳ね返ってきたそれが機体や設備にダメージを与えます。2005年5月、その放水テスト(Sound Surpression Test)が行われましたが、これを含め放水テストはシャトル飛行開始から4度しか行われていません。

左はテストシーンですが、右の実際の打ち上げと比べると位置関係がわかりやすいです。

     

…まるで滝壺のような感じですね!

最初はこの放水システムは備えられていませんでしたが、その後、補助ブースターに見つかった(マイナーではあるが)ダメージが衝撃波によるものであることが判明し、追加されたものです。このシステムで、衝撃波は半減するのだとか。

メインエンジン点火の約7秒前、台座に取り付けられた16のノズル(径122cm)から放水が始まります。ちなみにこの水は射点の脇に立てられた高さ約90mの水タンクに蓄えられており、30万ガロン(114万リットル)が41秒で空になります(…と言われても、ピンと来ません^^;)。

放水が始まったときには大歓声も起こり、作業チームに“リターン・トゥ・フライト”へ向けた手応えと奮起が漲ったそうです。

【Reference】

NASA KSC Media Gallery http://mediaarchive.ksc.nasa.gov/index.cfm
No Need for Speed” http://www.nasa.gov/returntoflight/crew/crawler-journal.html
Happy Anniversary, Crawlershttp://www.nasa.gov/mission_pages/shuttle/behindscenes/crawlers.html
Sound Suppression Test Unleashes a Floodhttp://www.nasa.gov/missions/shuttle/f_watertest.html
Creating NASA's Gentle Giantshttp://www.nasa.gov/mission_pages/shuttle/behindscenes/crawler-history.html