数珠つなぎのクレーター

初版: 05.16. 2006  

5月14日、地球・月間の距離の約30倍という至近距離を通過していったシュワスマン・ワハマン第3彗星。分裂を繰り返し、近未来には消えてなくなるだろうと考えられている彗星だが、もし、これが地球に衝突したらどうなるだろうか?

その答えのヒントになるものが、アフリカにある。サハラ砂漠の真ん中に横たわる国・チャドのアオルンガと呼ばれる地域には、一列に並んだ3つのクレーターが存在するが、これを分裂した彗星が次々とインパクトした痕跡だと考える人たちがいる。

(右は、1994年4月18日、シャトル「エンデバー」からのレーダー走査で得られた画像で、3連クレーターの1つ(大きい画像と解説)。下は周辺の全体像。)


     

「この“クレーター・チェーン”は分裂した彗星もしくは小惑星が次々と衝突することで形成されたと我々は信じています。今から4億年前、古生代・デボン紀後期に起こった出来事です」と語るのは、NASAのアドリアナ・オカンポ女史。

女史らの研究チームは、このチェーンを1996年に発見した。「アオルンガ・南クレーター」と呼ばれている最も大きなクレーターは以前から知られていたが、残りの2つは砂に埋もれていたのだ。シャトルから行われたレーダー照射で得られたデータを分析した結果、砂の下にクレーター地形が潜んでいるのが明らかになったのだ。女史は言う、

「地球上では並んだクレーターは非常に希ですが、太陽系全体に視野を広げると、結構見つかっているものです」

最初にクレーター・チェーンが見つかった場所は木星の衛星「カリスト」で、1979年、ボイジャー1号が撮影した画像に写っていたもの(画像)。これは少なくとも15個のクレーターがつながったもので、まるでマシンガンで撃ち抜かれた痕のようだ。その後の調査で、最終的に8つのチェーンが見つかり、更に、ガニメデにも3つ存在することがわかっている。

しかし当初、これは謎の1つだった。火山によるものか?それとも、隕石が水面を切るように飛び跳ねたのか…?

(下は、ガニメデのクレーター・チェーンで、木星探査機「ガリレオ」による撮影。大きいサイズと解説はこちら

           

1993年、その謎に答えが出た。この年、シューメーカー・レビー第9彗星(SL−9)が発見されたが、これが21個の核からなる数珠のような彗星であること、しかも、94年に木星へ衝突することが明らかとなったのだ。解析の結果、同彗星が92年に木星の至近距離まで接近していたことが判明、その潮汐力により1個の彗星がバラバラに分裂したのだろうという結論に落ち着いた。

SL−9の木星への突入はハッブル宇宙望遠鏡を始めとして、多くの設備やアマチュアによって観測され、木星大気に生じた一列の突入痕がはっきりと観測された(画像)。だがこの出来事は、彗星や小惑星に関する新たな知見ももたらした。つまり、分裂彗星や小惑星は珍しいものではないということ、そして、その分裂は比較的容易いということだ…それは、太陽光の放射だけでも起こりうるのである。

さらに、堅く見える小惑星の多くは、実は巨石や砂、岩などが弱い重力でくっついてできたものであるという、はっきりとした証拠も存在する。これが衝突した場合もまた、チェーンを形成すると考えられる。

このようなチェーンは、月面にも見つかっている。では、地球上ならばどこにあるのか?

地球では、このようなクレーター・チェーンを見出すのは難しい。そもそもクレーター自体、風や雨による浸食を強く受け、崩落したり、埋もれて隠れてしまったりしているからだ。プレート・テクトニクスによる地殻の移動なども、そのような痕跡を消し去ってしまう要因となる。「地球上では、クレーターは174個しか確認されていません」とオカンポ女史は語る。

しかし…これはひょっとしたら、「グーグル」の出番ではないか!?そう、「グーグル・アース」は活用できないだろうか?


アマチュア天文家エミリオ・ゴンザレツ氏は、この分野のパイオニアだ…「私はグーグル・アースを活用してますよ」。グーグル・アースはグーグルが行っているサービスの1つで、見たい場所の、衛星が撮影した画像を提供する。地球上のあちこちが丸見えということで問題点も指摘されているが、手軽に衛星画像を入手できることから、アマチュア研究家には非常に有益なツールと言える。これを活用しないテはない。

右は、ゴンザレツ氏が見つけたクレーターと思われる地形で、場所はリビア。「簡単に見つかりましたよ」と語る氏は、今年3月始め、新たなクレーターがエジプトで見つかった報道を見ているうちに、その周辺をチェックしてみようと思い立った。それから数分、リビアとチャドの国境付近を眺め回していると、もうひとつ別のクレーターがあるのに気付いたという(エジプトのクレーター発見の報道を下に記載しています)。

これらのクレーターはかつて確認されたことがないもので、しかも驚くべきことに、先のアオルンガ・クレーターと一直線上に並ぶのだ!
(その地図はこちら。見事に一直線に並んでいます)

ゴンザレツ氏は30分も経たないうちに、この2つの“クレーター候補”がアオルンガ・クレーターと並んでいることに気付いたという。

それから数時間、さらに調べてみたものの、何も新しいものは得られなかったという。氏は「ビギナーズ・ラックですね」と笑っている。

一方、オカンポ女史は、この2つのクレーター候補が、アオルンガと関連があるという指摘に疑問を抱いている。「これらは同年代のものには見えないんですよ」と女史は言うが、しかし、可能性を完全に排除することもできないという。

「これ以上は、現地調査が必要です」と女史。クレーターが本当にクレーターであることを確かめるには、そこへ行って物証、例えば隕石のインパクトで形作られる“shatter cone”と呼ばれるコーン状の岩石(右・他いろいろ)や、クレーターに特有な元素などを確認する必要がある。加えて、そのクレーターが形成された年代も、そのような調査ではっきりさせることができるのだ。

ただ、答えを得るには暫く時間がかかりそうだ。チャドは現在、内戦状態にあり、さらに隣国スーダンとの緊張も高まっているため、安全な科学活動が保証されないためだ。政治的情勢が落ち着くのはいつなのか、誰にもわからない。

困難は続くが、しかし、努力する価値はあるとオカンポ女史は言う。

「地球の歴史はインパクトで形作られてきました。クレーター・チェーンは、我々の惑星に関して重要なことを語りかけているのです」

絶え間ない、地道な調査がこれからも行われていく…。

【Reference 05.12】
「In Search of Crater Chains」 http://science.nasa.gov/headlines/y2006/12may_craterchains.htm


【参考までに、エジプトで新しいクレーターが見つかったことを報じる記事を下に記載します。】

北アフリカ・サハラ砂漠に巨大な隕石痕の存在が明らかとなった。ボストン大学のFarouk El-Baz博士らのチームによって見出された。

博士とその同僚であるEman Ghoneim博士らは、エジプト西方の砂漠地帯を撮影した衛星写真を解析中、隕石のインパクトによると思われる巨大なクレーター地形の存在に気付いたという。二重構造を成しており、内リングを包むリムの外径は約31kmという。

(右・衛星による画像で、点線リングがリムの外径。大きいサイズはこちら

これまで確認されていたサハラ砂漠に存在する最大のものはチャドにあり、直径12km(上のアオルンガ)だが、今回見出されたクレーターはそれを大きく上回るものとなる。El-Baz博士によると、激突した隕石は、アリゾナのバリンガークレーターを形作ったものに匹敵するのではないかという。

El-Baz博士はこのクレーターに「ケビラ」(Kebira)と命名している。こはアラビア語で「大きい」を意味し、また、存在する地区の名称「ケビル」(Kebir)にちなむ。

何故このような巨大クレーターがこれまで見つからなかったのかは、謎だという。

「ケビラはそのあまりの大きさに、これまで認知されなかったのではないだろうか。そのサイズは差し渡し、カイロ市北東の飛行場から南西のギザのピラミッドまでに匹敵するからね。それに普通、クレーターの調査というと、陸上での活動がメインだからね。宇宙からの観測というのが、発見に有利に働いたんじゃないかな。」と、同博士は考えている。詳しくはこちらへ。【Boston Univ. 03.03】