現実味を帯び始めた?夢の動力

初版: 04.19. 2006

SFに最も相応しいスターシップは、燃料に反物質を使ったものと相場が決まっている…それは最も力強く、かつ不思議な説得力があるからだ。火星への遠征は何トンもの化学燃料を要するが、反物質であれば、僅かミリグラム単位の塊があればそれでいい。

だが一方、この実現化にはそれ相当の代償も伴う。ある種の反物質反応では高エネルギーガンマ線が放射されるのだ。ガンマ線は物質を貫通し、生体細胞を構成する分子を破壊する。つまり、健康的とはいえない。また、このガンマ線はエンジンそのものを構成する物質にも作用し、それを放射性物質に変えてしまったりする。

ところで、NASAのアドバンスド・コンセプト研究所(NIAC)は、反物質を燃料にし、かつ、このような危険性を押さえるような新型宇宙船のデザインを研究しているチームの後押しをしている。

“反物質”はよく、“物質”のミラーイメージとして説明される。反物質…その振る舞いは“物質”と同じようなものだが、電荷など、いくつかの属性が“物質”とは逆という性質を持つ。例えば、通常の電子は負の電荷を持つが、陽電子と呼ばれるものは電子の反物質で、正の電荷を持つという特徴がある。

反物質が物質と出会ったらどうなるか。物質と反物質が接すると、高エネルギーを放射して消滅することが知られ、現実にも観測される。しかも、物質全てがエネルギーに変わってしまうというのは凄いことだ。原子爆弾でも、物質の僅か3%がエネルギーに変換される程度である。

さてところで、以前の反物質動力宇宙船は、反陽子を用いたデザインが主であった。これは負の電荷を帯びた陽子で、反応を生じる際、“高エネルギー”ガンマ線を放射するという欠点がある(通常の陽子は正の電荷を帯びる)。だが、最近の新デザインでは陽電子を用いたアイディアが取り入れられており、これは、前者の約400分の1程度の“低エネルギー”ガンマ線を放射するものだ。

現在、NIAC研究所では、このアイディアの実現可能性を検討しているところという。もしこれがしっかりしたもので、かつ開発に充分な資金が得られるのであれば、現在練られている火星遠征ミッション「Mars Reference Mission」における採用エンジンとして優位に立つかも知れない(トップ・ Rerefence Mission で提案されている宇宙船デザイン)。

「最も有利なのは、最も安全性が高いということです」と語るのは、ニューメキシコ州・陽電子研究所のジェラルド・スミス博士。

「現行の Reference Mission デザインでは、地球・火星間航行に核反応を要求しています。これはかかる日程を押さえ、それはつまり、(長期間宇宙へいることから生じる宇宙線被爆などのリスクを減らすということで)安全性を高めるものです。また、化学燃料ロケットの場合、重量もコストもかさみ、打ち上げ回数も多くなるといった調子です。」

反物質エンジンの場合、燃料が、往復3年と見込まれている遠征期間も充分に持ち堪える。

一方、反応炉は複雑な構造となる。その点、遠征期間中に不具合を起こすリスクが高まるという側面はある。

「しかしですね、それでも陽電子反応炉は比較的シンプルという有利さがありますよ」とスミス博士は主張する。

加えて、核反応炉の場合、任務終了後も放射性を帯びているという問題がある。Revefence Mission では、火星到着後、反応炉は地球と最低100万年は接触しないような軌道に廃棄投入されることになっている。この年数は、放射性物質が安全レベルまで下がるのに見込まれた年数。ただそもそも、燃料を使い切った後には残存放射線は存在せず、それゆえ、安全性に対する懸念は無くなるものだと、研究チームは考えている。仮に万一、地球に廃棄された炉が突入することがあったとしても大丈夫という。

更に、打ち上げの際の安全性も高いという。もし(通常の)核物質を搭載したロケットが打ち上げ時に爆発したら、放射性物質を大気圏にまき散らしかねない。だが、博士は言う、

「我々の陽電子宇宙船がそのような事故を起こしたとしても、ガンマ線のフラッシュが起こるだけです。しかもそれは瞬間のものであり、後に放射性物質を残すものではありません。つまり、放射性物質が風邪に流されて拡散などという事態にはならないということです。またガンマ線フラッシュは比較的狭い範囲に限定されます。危険範囲は宇宙船の周囲1kmかそこらでしょう。」

有利さの主張は続く。もっとも有利になるのは、前述したスピードの問題だ。現在の Reference Mission では火星へ180日かかることが見込まれているが、このエンジンを用いれば、その半分の時間、よりうまくいけば45日で済むというのだ。

このような時間短縮が図れるのは、エンジンの「比推力」が飛躍的にいいことが理由だ。「比推力」とは簡単に言えば“燃費”のようなファクターで、単位燃料あたりどのくらいの燃焼時間が稼げるかという指標。スペースシャトルのメインエンジンの場合、比推力は450秒であるが、これは単位燃料あたり450秒間のスラストが稼げることを意味する。

これが、陽電子エンジンの場合、その倍の900秒に達する。さらに、「アブレーティブエンジン」の場合、なんと5000秒にもなるというのだ。

右は「アブレーティブエンジン」を採用した陽電子ロケットの想像図。このエンジンでは、ノズルを構成する物質がアブレート(溶けて蒸発)し、その噴射によって推力を生じる。鉛に包まれた小さなカプセル内に陽電子が閉じこめられており、それがノズルに投入され、そこで反応を起こす仕組みになっている。

まず、ノズルに入ると陽電子はカプセルと相互作用を起こし、ガンマ線を放射、さらにそのガンマ線が取り巻く鉛によって吸収され、低エネルギーX線を放射する。次にそのX線がノズル物質を溶かし、後方へ噴射されるという仕組みだ。カプセルはノズル部に弾丸的に投入される。

何となく無駄に見えなくもない、このような複雑なステップを踏むのは、ガンマ線の透過力が強すぎるため。そのままではノズル物質と反応しにくいため、(より反応を起こしやすい)X線に置き換える必要があるのだ。

メリットが多そうに見える話が続いたが、忘れてはならない問題がある。陽電子の生成にかかる費用だ。陽電子は加速器を用いて作るのが現実的であり、おおざっぱな見積もりで、火星遠征に必要とされる10ミリグラムを作り出すのに約2億5000万ドルもかかるという。ただ、これは高コストには見えるものの、現行の化学エンジンロケットを用いた場合に比べるとそうでもないと言うのは、スミス博士。

「核技術に対する経験から、陽電子生成にかかるコストは、今後の研究によりもっと下げられると踏んでいます。」

また、陽電子をどのように狭い領域に閉じこめておくかも、克服すべき課題だ。通常の物質で作った容器にそのまま入れれば、容器と即座に反応しガンマ線を放射して消えてしまう。一つの手としては、電磁場の力で閉じこめることが考えられるが、この点に関しても博士は、「より深い研究と開発プログラムにより、この問題は克服されるものと自信を持っています。」と力強い。(アブレーティブエンジンで、陽電子を小さなカプセルに閉じこめるというのも、磁場の力をもちいるのかな?@管理人)

もしこれらが実現し、火星への遠征で用いられることになったとしたら、まさにSFで描かれた夢物語が実現化したことになるといえる。

【Reference】
“New and Improved Antimatter Spaceship for Mars Missions” released by NASA Goddard Space Flight Center
http://www.nasa.gov/centers/goddard/news/topstory/2006/antimatter_spaceship.html